
| 白鳳時代 | 680年 686年 688年 692年 698年 |
天武天皇、皇后の病気平癒を祈願し、薬師寺建立を発願 天武天皇崩御、持統天皇即位 無遮大会を薬師寺に設ける 持統天皇が天武天皇の菩提を弔うため、講堂本尊阿弥陀大繍佛を開眼供養 造寺がほぼ完成し衆僧を住まわせる |
| 奈良時代 | 718年 723年頃 730年 735年前 758年 |
薬師寺を平城京に移す 吉備内親王が東院堂建立 東塔建立 舎人親王が西院建立 西院弥勒堂建立 |
| 平安 から 江戸 時代 |
898年頃 973年冬 1285年 1327年 1361年 1528年 1603年 |
休ヶ岡八幡宮建立 講堂・三面僧坊・回廊・経蔵・鐘楼・中門・南大門焼失 東院堂を再興する 休ヶ岡八幡宮焼失 大風で金堂・南大門が倒壊 兵火で金堂・講堂・中門・西塔・僧坊焼失 休ヶ岡八幡宮再建 |
| 明治から 平成 |
1880年 1976年 1981年 1984年 1991年 1998年 2003年 |
岡倉天心・フェノロサ薬師寺仏像調査 金堂落慶 100万巻写経達成 西塔落慶 東僧坊復元 中門落慶 玄奘三蔵院伽藍落慶 500万巻写経達成 世界文化遺産「古都奈良の文化財」登録 大講堂落慶 最勝会約500年ぶり復興 |

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| 薬師寺は法相宗:玄奘三蔵がインドで学び経典を翻訳し、弟子の慈恩大師が広めた唯識論などに基づく法相宗は、遣唐使道昭が長安で直接慈恩大師から学び、帰国後広めて薬師寺と興福寺に伝わる。 薬師寺伽藍:藤原京で伽藍が完成したが、平城京遷都により、718年現在地の右京六条に新たに建立された。東西双塔が並ぶ伽藍様式と大きさは、発掘調査で藤原京の本薬師寺とほぼ同じという。 薬師寺東塔:藤原京創建時の建築様式で730年に建てられた。各重に裳階(もこし)という庇(ひさし)がつく、独特の形式による34m高の三重塔(国宝)。度々の災害や兵火にも残った唯一の建築物である。 薬師寺の本尊:天武天皇が、皇后の病気平癒を願って薬師如来を寺の本尊とされた。国宝の銅造薬師如来と日光・月光菩薩像は造立年代の議論があるが、今春東京国立博物館で日光・月光菩薩が展示され、高度な鋳造技術と見事な造形美が再発見された。 薬師寺伽藍復興へ:1528年の兵火以後、近年まで仮金堂と東搭のみであったが、1971年金堂再建起工し、以来奈良時代の建築様式による金堂・西塔・中門・講堂が次々と再建され、悲願の白鳳伽藍復興が近い。700万巻もの写経勧進により実現した。 東塔解体修理:100年前解体修理が行われたが、木造建築では経年変化の修復が欠かせない。 今年末から10年間の予定で解体修理が行われ、同時に基壇を含め徹底調査が行われる。 |
使用画像は薬師寺ご承認済
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