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薬師寺白鳳様式伽藍復興へ! 特集
薬師寺は法相宗:玄奘三蔵がインドで学び経典を翻訳し、弟子の慈恩大師が広めた唯識論などに基づく法相宗は、遣唐使道昭が長安で直接慈恩大師から学び、帰国後広めて薬師寺と興福寺に伝わる。

薬師寺伽藍:
藤原京で伽藍が完成したが、平城京遷都により、718年現在地の右京六条に新たに建立された。東西双塔が並ぶ伽藍様式と大きさは、発掘調査で藤原京の本薬師寺とほぼ同じという。

薬師寺東塔:
藤原京創建時の建築様式で730年に建てられた。各重に裳階(もこし)という庇(ひさし)がつく、独特の形式による34m高の三重塔(国宝)。度々の災害や兵火にも残った唯一の建築物である。

薬師寺の本尊:天武天皇が、皇后の病気平癒を願って薬師如来を寺の本尊とされた。国宝の銅造薬師如来と日光・月光菩薩像は造立年代の議論があるが、今春東京国立博物館で日光・月光菩薩が展示され、高度な鋳造技術と見事な造形美が再発見された。

薬師寺伽藍復興へ:1528年の兵火以後、近年まで仮金堂と東搭のみであったが、1971年金堂再建起工し、以来奈良時代の建築様式による金堂・西塔・中門・講堂が次々と再建され、悲願の白鳳伽藍復興が近い。700万巻もの写経勧進により実現した。
東塔解体修理:100年前解体修理が行われたが、木造建築では経年変化の修復が欠かせない。
近く解体修理が行われ、同時に基壇を含め徹底調査が行われる。
白鳳時代 680年

686年
688年
692年

698年
天武天皇、皇后の病気平癒を祈願し、薬師寺建立を発願
天武天皇崩御、持統天皇即位
無遮大会を薬師寺に設ける
持統天皇が天武天皇の菩提を弔うため、講堂本尊阿弥陀大繍佛を開眼供養
造寺がほぼ完成し衆僧を住まわせる
奈良時代 718年
723年頃
730年
735年前
758年
薬師寺を平城京に移す
吉備内親王が東院堂建立
東塔建立
舎人親王が西院建立
西院弥勒堂建立
平安
から
江戸
時代
898年頃
973年冬

1285年
1327年
1361年
1528年
1603年
休ヶ岡八幡宮建立
講堂・三面僧坊・回廊・経蔵・鐘楼・中門・南大門焼失
東院堂を再興する
休ヶ岡八幡宮焼失
大風で金堂・南大門が倒壊
兵火で金堂・講堂・中門・西塔・僧坊焼失
休ヶ岡八幡宮再建
明治から
平成
1880年
1976年
1981年
1984年
1991年
1998年
2003年
岡倉天心・フェノロサ薬師寺仏像調査
金堂落慶 100万巻写経達成
西塔落慶 東僧坊復元
中門落慶
玄奘三蔵院伽藍落慶 500万巻写経達成
世界文化遺産「古都奈良の文化財」登録
大講堂落慶 最勝会約500年ぶり復興

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薬師寺伽藍を遠望

使用画像は薬師寺ご承認済

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