| 奈良時代 | 754年 754年 759年 760年 763年 779年 780〜 |
鑑真和上奈良到着、東大寺で戒を授ける 東大寺戒壇院建立 故新田部親王旧宅に唐招提寺を創建 平城宮の朝集殿を移築し、講堂を造営 坐像を造立後5月6日入滅(76歳) 近江真人三船「唐大和上東征伝」を著す 金堂建立と諸仏の造立が始まる |
| 平安 から江戸 |
810年 853年 1240年 1284年 1283年 1298年 1323年 1692年 1802〜 |
東塔(五重塔)建立開始 田地178町歩を永く伝法田とする 舎利殿(鼓楼)建立 東室・礼堂を建立 中興の祖、覚盛入山し応量坊に住む 認性「東征伝絵巻」を施入 金堂修理、鴟尾の一つを補作 徳川綱吉・桂昌院の寄進で金堂他修理 雷火で五重塔、後年開山堂・戒壇堂焼失 |
| 明治から 平成 |
1899〜 1940〜 1964年 1978年 1998年 2000年 2009年 |
1899金堂、1908講堂、11鼓楼解体修理 40礼堂、55経蔵、59宝蔵、72講堂解体修理 興福寺旧一乗院宸殿を移築し御影堂に 戒壇宝塔完成 世界文化遺産に認定される 金堂解体修理、国宝仏像の修理開始 秋金堂解体修理完了し盛大な落慶法要 |
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唐招提寺は森の中:美しい緑と水の垂仁天皇陵に近く、西の京秋篠川西岸、樹木豊かな森に、中国揚州から渡航した鑑真和上のご廟がある。
鑑真和上の苦難の渡航:5度の渡航失敗にも諦めず、帰途の遣唐使船で奈良に到来し、仏教を導く律宗の唐招提寺を創建した、不屈の精神は「東征伝」で今も語り継がれる。
国宝建築の美:平城京から移築の講堂を軸に、金堂と諸像を造立した弟子たち、そして鎌倉時代の覚盛による整備で、唐招提寺が今の伽藍となった。江戸後期に五重塔、開山堂、戒壇堂の焼失はあったが兵火からものがれ、美しい木造建築の屋根や檜の柱が境内の深い木立の中に見え隠れする。
国宝仏像が立ち並ぶ金堂内陣:中央には、光背に千体近くの化仏がある本尊盧舎那仏、左(東)側に薬師如来立像、右に千本近くの手がある千手観音立像が堂内を圧倒する。本尊両側には梵天・帝釈天が脇侍、四天王が周囲を護る。東大寺法華堂につぐ奈良時代の国宝仏教美術の世界といえよう。
四季おりおりの木立の中をめぐる:堂内整備が続く金堂前から左の小道に入り、戒壇から本坊、御影堂へと道が続く。ご廟にお参り、平城宮の建物の講堂、鼓楼・礼堂・経蔵・宝蔵のある空間に立ってものを思う。
