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全浅香
(ぜんせんこう) |
長さ1m重さ16kgの香木。有名な蘭奢待(らんじゃたい)とともに『国家珍宝帳』にある。東南アジアのジンチョウゲ科の木が土に埋まって樹脂が沈着し、香りが閉じ込められたもの。水に沈むものを沈香(じんこう)、軽いものを浅香(せんこう)と呼ぶ。753年の法会に「大仏に浅香をささげた」と書いた象牙製の札も展示。 |
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刻彫尺八
( こくちょうのしゃくはち) |
本品も『国家珍宝帳』に記載のある尺八で、美しく装飾された豪華なもの。もともとは、聖武天皇の大切にしていた品々を納めていた赤漆文欟木厨子(せきしつぶんかんぼくのずし)に納められていた。
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平螺鈿背八角鏡
(へいらでんはいのはっかくきょう) |
『国家珍宝帳』にある鏡で、縁が八つの花弁の形から八角鏡という。背面は、螺鈿(らでん)や琥珀(こはく)によって大形・小形の唐花(からはな)を、その文様の間には白や青、緑色のトルコ石をまいている。赤色の花の芯は、朱や金泥(きんでい)の下塗りの上に、琥珀をかぶせている。 |
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白瑠璃碗
(はくるりのわん) |
1段18個の円形のくぼみを上下互い違いに4段、それぞれ砥石で磨き出したカットグラスの碗。宝庫で大切に守られ、製作当時の輝きや透明度を今に伝える。イラン北西部のササン朝ペルシア時代(5~6世紀)に製作され、シルクロードを経て日本に伝わったと云われる。
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金銅八曲長坏
(こんどうはっきょくのちょうはい) |
白瑠璃碗が作られたイラン北西部では、金・銀製の八曲長杯(はっきょくのちょうはい)と呼ばれる器もつくられた。これを模して、中国や日本で製作された金銅製の八曲長坏が展示される。シルクロード交流のあかしが日本の奈良にある。
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紫檀木画双六局
(したんもくがのすごろくきょく) |
木画技法によって美しく飾られた双六の盤。木画とはツゲ・シタン・竹など、象牙や鹿・水牛の角などで、モザイク状に組合わせて文様を表す。盤面には三日月が二つ、花文様がその左右に6個あり、花文様の場所に駒をおく。側面には花唐草や鳥、鴨に乗って飛ぶ人物などの文様がある。 双六の起源は古代エジプトにまで遡るが、民衆から貴族や天皇までもが双六を楽しんでいたことがわかる。
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山水鳥獣背円鏡(さんすいちょうじゅうはいえんきょう) |
白銅製の鏡で、銅の成分分析から中国、唐で作られたと考えられている。背面には山水の風景と5人の人物、鳥、動物が内容豊かに表現。中央に向かって四つの山が描かれ、山の上にはたなびく雲、山と山の間には水面がある。山に鹿が見え、波間に浮かぶ船に男が乗って釣りをしたり、刀を振りかざす。また、兎のような耳や鹿のような角を持つ鳥が見えて、現実の風景をではないことがわかる。
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蘇芳地金銀絵箱(すおうじきんぎんえのはこ) |
サクラ材で作られた長方形の箱。蓋の表に宝相華の上で踊る童子と、その両脇で篳篥(ひちりき)や鼓(つづみ)を演する童子が見える。東大寺戒壇院に安置された厨子の扉の絵と同じで、鑑真が唐から持参したものと考えられる。本体の外面を蘇芳(すおう)で染め、その表面に金泥(きんでい)や銀泥(ぎんでい)で文様を描く。側面は宝相華と鳳凰など、底裏には銀泥でオウム2羽を大きく描いている。
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金銅幡
(こんどうのばん) |
幡はお寺のお堂の中や境内にかかげた旗。多くは絹布であり金属製は少なく、他に3枚ある。蝶番(ちょうつがい)でつないだ透かし彫りの銅板の内側や外側には鈴や蓮弁形・花形の金具などがある。透かし彫りの文様は、一番上に花唐草、次は亀甲文と鈴、下に玉を連ねた文様の連珠文と二羽の鳥がある。 |
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天蓋花形栽文
(てんがいのはながたさいもん) |
正倉院宝庫に伝わる天蓋は、灌頂天蓋を含めすべて布製の天蓋。展示されている天蓋の骨に、綾や錦で作られた布をかぶせる使い方。方形天蓋の四隅には革製の小さな袋があり、ここに骨の先を差し込んで、天蓋を張る構造になっている。 |
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椰子実
(やしのみ) |
椰子の実の殻(から)を使った器。内側には黒漆が塗られ、芽が出る穴の発芽孔(はつがこう)を丸く切って口とし、殻の表面にある凹凸を目や鼻にして、眉や眼玉を加えて愛嬌のある人面に。1193年の宝庫の点検目録には椰子の実らしき記述が見られ、南方産の珍しい椰子の実で作られた品として珍重されたもの。
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虹龍
(こうりゅう) |
イタチの仲間、テンのミイラであるが、「龍」のミイラだと信じて「こうりゅう」との名がある。醍醐寺の座主(ざす)が記した日記には、1429年に、室町幕府の将軍足利義教(あしかがよしのり)が宝庫で「龍の日干(ひぼし)」を見たとある。そしてこの「龍」のせいで、宝庫を開く時には必ず雨が降ると記されている。美しい工芸品の中にこんな品が伝来する正倉院宝物、庶民にも知られた龍であったか。
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「経師等不参解」(きょうしとうふさんげ)
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写経所に勤務する写経生の休暇願や欠勤届。泊まり込んで早朝から長時間勤務を月に二十日、帰宅できるのは2,3カ月に一度、三日ほど自宅という。欠勤理由は病気、腰痛や足の痛みが多く、忌引きのほか、洗濯や屋根の修理という理由もある。熱病の治療のための欠勤届けと、義理の母親の忌引きを届け出例を展示。
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