東大寺

仏の加護により国家を鎮護しようとした聖武天皇の発願で建立されました。751年にまず大仏像立が完成し、翌年には盛大な大仏開眼供養が行われ、その後大仏殿他の大伽藍が完成しました。1180年と1567年には、兵火に主要伽藍を焼失しましたが、その都度再建されました。現存する大仏殿は1709年に再建されたもので、世界最大規模の木造建築物としての威容を誇っています。本尊の盧舎那仏坐像は“奈良の大仏さん”と呼ばれ全国の人たちに親しまれています。広大な境内には他にも、聖武天皇が遺された宝物を納めた正倉院正倉など数多くの貴重な建物が残されています。
 転害門・本坊経庫・正倉院正倉(以上奈良時代)・法華堂(正堂/奈良時代・礼堂/鎌倉時代)・南大門・鐘楼・開山堂(以上鎌倉時代)・大仏殿・二月堂(以上江戸時代)の9棟が国宝建造物に指定されています。法華堂には730年代以来の仏教文化を示す塑像・乾漆像などの国宝仏像群が一堂に並び、戒壇院の四天王像も国宝です。

興福寺

 669年に前身寺院が創立されたのがはじまりです。遷都にともない平城京に移され、興福寺となりました。藤原氏の氏寺ですが、主要堂塔の建立の発願は天皇や皇后によるものが多く、造営工事も政府直営で進められました。平安時代以降、たびたび火災に遭いましたが、藤原氏の力を背景にその都度再建されてきました。五重塔は奈良のまちのシンボルとなっており、猿沢池からの眺めは多くの観光客に親しまれています。北円堂(鎌倉時代)・三重塔(鎌倉時代)・五重塔(室町時代)・東金堂(室町時代)の4棟が国宝建造物に指定されています。奈良時代の脱活乾漆造による多数の仏像が国宝館に収蔵され、その中でも阿修羅像が特に有名。また鎌倉時代初期の運慶他による木造彫刻も多く、古都奈良の文化を今に伝えます。

春日大社

 創立は、社伝では768年とされていますが、実際には奈良時代はじめにさかのぼると考えられています。古くから神の降臨する山として神聖視されていた春日山・御蓋山の西麓に藤原氏の氏神を祀ったもので、藤原氏や朝廷の崇敬を受けて繁栄しました。社殿の配置は古代からほとんど変わることなく、建物が周囲の自然と見事に調和し、日本古来の神社の様子を伝えています。12月17日の“春日若宮おん祭”、参道の石燈籠や廻廊の釣燈籠に一斉に点火される“万燈籠”などは、奈良の代表的な年中行事です。また、新緑の境内には藤の花が咲き誇り、神苑には万葉歌集に歌われる草花と歌碑が、神域の雰囲気をよく表しています。
 本社本殿4棟(江戸時代)が国宝建造物に指定されています。

元興寺

  6世紀に蘇我馬子が創建したわが国最古の飛鳥寺(法興寺)を、平城京に移して造営したのが元興寺です。伽藍の中心部は、平安時代以降徐々に衰退していきましたが、12世紀頃から「極楽坊」と呼ばれていた僧房の一郭が、浄土教の念仏道場として庶民信仰を集めて栄え発展しました。極楽坊の本堂と禅室は、奈良時代の僧房の建物を鎌倉時代に解体し、その材料を一部リサイクルして建てられたものです。屋根の瓦の一部は飛鳥時代の瓦で、行基葺きと呼ばれます。五重塔が江戸時代末まで残っていましたが焼失し、国宝の薬師如来と、五重小塔が奈良時代の繁栄を偲ばせます。
 なお、極楽坊の周辺一帯が「ならまち」で、今なお江戸時代末の古い町家が所々に残り、伝統的な町並みの景観を見ることができます。極楽坊本堂・禅室とも国宝建造物に指定されています。

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U 世界遺産:東大寺・興福寺・春日大社・元興寺

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